2026年11月4日
野口壽一

老いずに生きる理想?

いままで歳のことはつとめて考えないようにしてきた。

サミュエル・ウルマンは詩「青春」で、人は年月を重ねただけでは老いない、理想を捨てるときに老いるのだ、と歌った。筆者もその信条を共有してきた。

いまでもその考えは変わらないのだが・・・。

「老い」についてはあまり考えなかったが、「死」については子供のころから気にはしていた。ま、誰もが一度は通る関門にすぎないのかもしれないが。

 

理想のために死ね?

昨日、アメリカの世相や意見を知るためにサーフィンしているSubstackという投稿・配信サイトで、ある書き込みに出会った。スペンサー・グレイという人の「死ぬ前に死ね――革命の第一歩 声は上げた。今度はぶち切れる番だ」と題するエッセーだった。

彼は、トランプ政権の政策や軍事行動、国内の弾圧などを取り上げて批判し、アメリカの現状と未来を危惧し、体制を変える必要がある、と述べる。そして選挙ではそれは不可能で、革命が必要だ、と主張する。

つまり、アメリカが必要としているのは「革命」であり、改革や改良ではない。その第一歩は、安定や地位への執着を捨て、恐怖による支配から自由になる精神を獲得することだ、と説く。

そこで引用されるのが、佐賀鍋島藩士・山本常朝(やまもとつねとも)の談話を田代陣基が筆録した『葉隠』だ。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」とは、言わずと知れた有名な一句である。

ただし、ここでいう「死ぬ」とは何か。肉体の死を覚悟することと、恐怖や執着に縛られた自分を捨てることとは、重なり合うところがあっても同じではない。この違いが、読みながら気になった。

 

アメリカ急進左派の台頭

グレイ氏のような論者が『葉隠』を引用して革命の精神を鼓舞する背景には、アメリカの現状があり、そこには貪欲な資本主義の行き詰まりを打破できない現代世界の矛盾が横たわっている。

アメリカ最大の都市ニューヨークでは、民主社会主義を掲げるゾーラン・マムダニ氏が2025年の市長選に勝利し、2026年1月、同市初のムスリム、かつ南アジア系の市長に就任した。アメリカの政治潮流の変化を象徴する出来事である。

連邦議会の下院には、若手女性議員を中心に出発した民主党進歩派の非公式グループ「スクワッド(The Squad)」があり、民主社会主義者の組織であるDSAや、社会主義の立場から論じるメディア「ジャコバン(Jacobin)」もある。

もちろん、選挙を通じて社会を変えようとする人びとと、選挙では変わらないとするグレイ氏とでは、変革への道筋が異なる。ひとまとめにはできない。しかし、従来の政治では暮らしも社会もよくならないという不満が、それぞれの主張を支えているように思う。

この度の中間選挙を見ながら、オバマ時代の「チェンジ」では満たされなかった、もっと根底からの「変革」への希求が、アメリカ社会で強まっているのが見て取れる。

 

日本70年代 「個に死して類に生きる」

グレイ氏のような書き込みが現われることに、ある時代の風を感じる。それは、70年安保闘争に向かっていたころの日本の雰囲気だ。

日本におけるシュトゥルム・ウント・ドランク――「疾風怒濤」の時代。その一場面に、筆者は深く関係している。

1969年4月28日の沖縄返還闘争の直前、日本政府はデモに対して「破防法」を適用する、と脅してきた。凶器準備集合罪、公務執行妨害罪などによる取り締まりに加えて、運動への政治的な弾圧がさらに一段強まったのである。

破防法は、内乱などの実行だけでなく、その教唆や扇動も対象にする法律である。なお、内乱の首謀者は死刑または無期禁錮を科せられる可能性がある。当時のわれわれにとって、破防法の適用という言葉は、それほど重い国家の威嚇として響いた。

ある新左翼党派は、この日のデモに大衆を動員するため、機関紙の一面に最大活字ででかでかと「個に死して類に生きよ」と書いたほどである。

筆者は「なにを大袈裟な。指導者にはその心意気が必要だろうが、大衆に向けて言う言葉ではない」と思った。そのときの違和感を、いまも覚えている。

別に、死んでもいいと思って4・28のデモに参加したわけではないが、東京駅と新橋駅間の高架上で逮捕され、起訴され、計4カ月拘束されたうえ、8年間の裁判闘争をすることになった。人生が決まったこの顛末についてはいつか書きたいと思ってはいるが、いまここでは、半世紀前の日本の左翼の心情と似たものが、アメリカの一角に現われているのを感じる、とだけ記しておく。

 

「死ぬ前に死ね」は特別ではない

ここで少し立ち止まって考えてみると、「死ぬ前に死ね」という命令ないし呼びかけは、それほど奇異なものではない。

グレイ氏は先の書き込みのなかで、『葉隠』の引用とともに、次の言葉を紹介している。

「死ぬ前に死ねば、死ぬときに死ぬことはない」
If you die before you die, you won’t die when you die.

彼によれば、ギリシャのアトス山にある聖パウロ修道院の扉の上に刻まれている言葉だという。

肉体的に死ぬ前に、古い自分を死なせておく。そうすれば、肉体の死もすべての終わりではなくなる。そういう意味に読める。奇異に聞こえるけれど、宗教的にはなんら不思議ではない。

『ヨハネによる福音書』12章24節にも、一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままだが、死ねば多くの実を結ぶ、という言葉がある。その宗教的な意味をここではこれ以上論じないが、古い自分への執着を手放すことで、他者に開かれた新しい生が始まる、という教えとして受け止められる。

 

連想のままに

グレイ氏の発言に刺激されて、「死ぬ前に死ぬ」ことについて調べ、考えてみた。

禅には「大死一番」という言葉がある。「生死不二」という仏教の考え方もある。それぞれの意味は同じではないが、生への執着や死への恐怖を問い直すという点で、筆者のなかではつながっている。

「自分が中心であり、自分の考えや価値観こそ絶対だ」と執着する心を手放す。その意味で一度死に切ることが、本当の生につながる。筆者はそう受け止めた。

少年のころ、ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』を読んだ。その扉にあった「誰がために 鐘はなるやと 問うなかれ そはながために 鳴るなればなり」(ジョン・ダン)という詩の一連を、いまも空で言える。それ以来、死をいかに受け入れるべきか、考え続けてきた。

この原稿を、米中間選挙の開票速報を横目に書いている。本棚にある、アメリカ先住民の生き方に思いを寄せた本を引っ張り出してぱらぱらめくった。タイトルは『今日は死ぬのにもってこいの日』(ナンシー・ウッド著、メルクマール発行)。

東からやってきて、土地や水や自然を奪い取り、金に変えていく白人の生き方。その対極にある、自然とともに生き、死を迎える感覚を、この本から読み取った。

もちろん、先住民と一口に言っても多様な民族と文化があり、死生観も一様ではない。それでも、この本に描かれる、自然と人間を切り離さない世界には心をひかれる。春夏秋冬のめぐりのなかで、生も死も、大きな営みの一部となる。

すべてを金に還元する資本主義が行き詰まっている。いま、その行き詰った社会の内側から「死ぬ前に死ぬ覚悟で革命に立ち上がれ」と叫ぶ声まで出てきている。

その声を聞きながら筆者が思い出したのは、征服と収奪にさらされながらも生き続けてきた先住民の人びとと、この本の言葉だった。

死の冬のあとには春の生がめぐってくる。だからといって個人の死が消えるわけではない。それでも、自分の生も自然の大きなめぐりのなかにあると思えば、老いと死の見え方は変わってくる。その心境をアメリカインディアンはつぎのように歌っている。

今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。 (前掲書、119頁)

この詩句には、生を投げ捨てる響きがない。生きているすべてのものと呼吸を合わせた、その充足のなかに死がある。

 

死生観の悪用は許されない

人間は洋の東西を問わず、死という宿命を見つめ、生をどう生きるかを考えてきた。その答えはひとつではないが、自分だけの個的な生への執着を超えようとする精神は、さまざまな場所に見いだせる。

問題は、その精神性を悪用して、「個に死して類に生きよ」とか「肉体の死を恐れず神のために生きよ」などと、言葉巧みに人心を操作することである。

自らの生き方として死を受容することと、他者に死の覚悟を要求することのあいだには、越えてはならない一線がある。

「死ぬ前に死ね」が、恐怖や執着から自分を解き放つ言葉であるなら、理解できる。しかし、それが国家や組織のために命を差し出せという命令に変わったとき、生を深めるはずの言葉は、人を死に追いやる道具になる。

国家であれ政府であれいかなる組織であれ、それは絶対に許されざることである。